2007年04月25日

M岡先生とにゃんにゃんバトン

またまたお久しぶりです。(^^ゞ
早いもので昨日は、もう退院後検診の日でした。

今年の1月から(初めは月〜金の間、毎日)通った
懐かしい道を病院へと向かいました。
近くの湯島天神ではもう藤が咲いていました。
通い始めた時は、早咲きの梅が蕾だったのに…。

前回のblogではいろいろぶっちゃけてしまいまして、
皆様にご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
暖かいメッセージを頂戴し、とっても元気が出ました。
本当にありがとうございました。<(_ _)>

現在は実家にて、何かと忙しい母と交代で、
炊事や洗濯などをやっていますが、
お陰様で体が辛いことはまずありません(^^)V。
仕事の方も、ぼちぼち再開し始めたところです。
(そろそろエンジンかけなくちゃ〜〜_〆(。。);;;)

そんなこの頃ですが、
今日は今回、大変にお世話になった、
M岡先生のことを書きたいと思います。

私がお世話になったのは、
東京都文京区にある東京H病院。
Hという某有名電気メーカーの企業系の病院です。

診察券には、この会社のCMで有名な、
大きな木(この木なんの木…(^^))が印刷されていて、
病室のテレビも冷蔵庫も、売店で売っている乾電池も、
シャワーの後に借りていたイオンドライヤーも、
勿論ぜーんぶH社製。
(でも何故かランドリーの洗濯機&乾燥機だけは
S社製だった。
H社は家庭用のしか作ってないのかな?(^_^;))

ですがH社の社員やその家族以外の、
一般の患者(私もそう)もかかることが
出来るということで、インターネット等で
子宮筋腫の手術についていろいろ調べていて
「ここで切って良かった」と書かれていたのを
いくつも目にしていたので、
他にも近くのJ大病院なども考えたのですが、
結局こちらに決めたのでした。

この病院の良い点のひとつは、
手術をして下さる先生が、
最初の診察から一貫して診て下さること。
大学病院ではまず考えられないことで、
これは安心感がありました。

私を担当して下さったM岡先生は、初めての診察で、
まだ私が診察室のドアを開け、椅子に座る間もなく、
顔色で(化粧もしていたのに)
貧血だと見抜かれた方でした。
実際、その時に計ったらヘモグロビン値は
5.2しかなく…。

「今日、帰りに怪我をして出血したら、あなたすぐ死ぬよ。」と、
体調は悪いと感じながらも、
事の深刻さが全然判ってなかった私に
軽いジャブをお見舞いしてくれました…(--;)。

これですっかりビビリまくった私は
「これから平日は毎日鉄剤の注射に来てね。」と
言われても、
『え、毎日!?でも仕事が…』という言葉を
呑み込んでしまうほどで…。
そう、第一印象は「ちょっと恐い先生…」でした。

けれど、その毎日の注射の甲斐があって、
私の赤血球は順調に増え、
それまで不調だった体調
(心臓バクバク、倦怠感、目眩、微熱)の原因の
たぶん半分以上が、貧血にあったのだと実感しました。

最初は、自分の身体に無頓着だった私を
ビビらせてくれた先生でしたが、
ちゃんと注射や検査に通っていくうちに、
とても親身になって下さる上に、
気さくな口調で接して下さる先生だと判明。

そう、とても気さくな…。

「風邪は治ったかにゃ?」

3月31日、入院の日。
病棟にいらしたM岡先生が、私と遭った時の
それが第一声でした。続きを読む
posted by ねもと章子 at 13:31 | Comment(4) | TrackBack(0) | 近況報告

2007年04月12日

退院しました&デビュー20周年、そして…。

昨日、病院より戻って参りました。
入院前〜入院中は、メールやこちらへの書き込み等で
皆様に励まして戴き、ありがとうございました。

お陰様で、退院前の診察で「経過は良好」とのこと。
手術の傷も、思ったより短くて、
綺麗に縫って戴けていて、良い感じ(^^)です。

開腹手術をすると、内臓の癒着が起きやすくなるため、
腸閉塞などを将来起こすリスクが高くなると
聞きかじっていたもので、
手術をした日の夜から、頑張って
寝返りをうつようにしておりました。

手術の翌日の昼前にはもう歩いてトイレに
行けるようになりました。
歩けるようになってからは暇さえあれば病院内を徘徊。
食事と検温、点滴と回診、これ以外の時間は
しょっちゅう出かけておりました。

その甲斐あってか、術後5日目には外出許可を戴けて
お見舞いに来て下さった
山田ゴロ先生、ココアさんご夫妻と、柳生 柳さん
そして術前からいろいろ相談に乗ってくれていた
北神 諒さん達と、病院近くの
神田明神までお出かけを。

その後も調子に乗って、期日前投票に
行けていなかった都知事選に出かけたり、
自宅へ郵便物を取りに行ったり、
事情があって退院の日に家族に来て貰えない
ことになったので、
荷物を宅急便で送れるようにと、
病院の近くの集配所まで行って、
退院予定日の段取りをつけたりと、
毎日出かけまくっておりました。

…で。
いよいよ明日が退院という晩になって38.6度の熱が。
(--;)…疲れが出て、風邪を引いてしまったのでした。

入院中、経過は良かったはずなのに、最後の最後で
看護師さんや先生にご心配をおかけしてしまいました。

それでもなんとか座薬を打って戴いて熱も下がり、
先生の薦めで、内科の先生にも診ていただき
風邪のお薬も処方して貰って、
無事に退院のお許しを戴きました。

ただ昨晩は、帰宅で力を使い果たしたのか、
また熱も上がってしまったのでblog更新は
断念致しましたが。

今日は、無事に平熱に戻りました。
お薬が効いてくれて、汗もいっぱいかきました。

そんなわけで、一日遅れてしまいましたけれど、
改めまして。
「退院いたしました〜!(^^)V」
ご報告させて戴きます。m(__)m

そして今日は、実は私の漫画家デビュー20周年の
日でもあります。

ミステリーボニータ(秋田書店 刊)の創刊号に
載せていただいた「切り裂きジャックに花束を」
という32pの作品が、私の受賞後の1作目で、
20年前の今日が、その発売日でした。

受賞作の「1911年のセルフスターター」
の掲載誌よりも先に発売されたので、
こちらが一応デビュー作ということになるのかも
しれません。

20年…も、やっていたんだということに
自分でもちょっぴり驚いています。

しかし、20年も描いてきたというのに
全く売れてないですわね。(--;)

…なのにここまで続けて来られたということ自体が
ひとつの奇跡かも。(^^ゞ
運命や、これまでお世話になった方々とのご縁に
ただただ感謝するばかりです。

この20年目の節目に、ちょうど人生の節目ともなる
出来事が重なりました。
ひとつは今回の子宮筋腫の手術。
そして、もうひとつは…。

実は、私が入院する1週間前、弟が睡眠中に
心不全を起こして急逝してしまいました。
ちょうど父の七回忌をするはずだった日の朝で、
私も実家に帰っておりました。

朝、実家の離れで寝ている弟を起こしに行った母が
「ちょっと来て!変なの!」と、叫ぶその声で
私も弟の部屋へ上がり、すぐに119番しました。

電話の向こうの救急の方の指示どおり、気道確保のために
うつぶせで眠っていた弟の体を、母と二人で
起こそうと頑張りましたが、上手く出来ませんでした。
体が大きくて重いせい、意識が無いせいだと信じて
それでも必死で弟の体を持ち上げ続けていました。

けれど、救急隊が到着すると、もう心停止してから
数時間は経ってしまっていて、
既に硬直が始まっていると言われました。
それをすぐに受け入れることは出来ませんでしたが…。

だって、前の晩までいつもと変わりなく
元気そうだったのです。
弟が私に最後にかけた言葉は「じゃ、お大事にね。」
だったのです。
それなのに、なぜ弟の方が…。

離れで独りで亡くなっていたため、警察の方と警察医が
来られて、検死が行われました。
「短時間の心不全の発作による心停止。多分ご本人は
それほど苦しまなかったはずですよ。」
母にとっては、それが唯一の慰めだったと思います。

私はこの時、風邪を引いていたこともあって
一度は手術の延期も考えました。
けれど延期すればまた数ヶ月待つことになり、
あまり体のためにも良いことではなく…。
決心して、入院までの5日間、風邪を治すことに
専念しました。

無事、ギリギリで風邪は治り、手術中に喘息の発作を
起こすこともなく手術を終えることが出来ました。

弟の供養は、私はこれから実家に帰って
精一杯したいと思っています。

もともと退院後は、しばらく実家で
母の世話になる約束をしていました。

ただ、当初は2週間ほどで自宅に戻って来る
予定でしたが、これからは実家で母と暮らしながら
漫画を描いていくことになると思います。
引っ越しは、私が術後で重いものを持てないので
しばらく先になるのですが。

地方で仕事を再開するというのは、
今度の手術のことで、ブランクも出来てしまった
こともあり、正直不安です。
これまでの様に「締め切りギリギリ(--;)」は
出来ないと思います。
また、これまで来て戴いていたアシスタントさんに
これからもお願いできるかも微妙ですし。

けれど、これまでの勝手気ままだった生活態度、
体力任せの仕事の仕方から脱却し、
規則正しい、健康に気を配った生活に
シフトしていくのには良いきっかけなのかな、
と考えています。

20年目の節目に、自分があと何年
描けるのだろうかと考えました。

1年でも長く、1作でも多く描き続けていきたい。
出来るなら、もっと漫画が上手くなりたい。
出来ればもうちょっと、売れたいな。(^_^;

そのためにも、そして何よりも
若くして逝ってしまった弟の分まで、
私が健康でいることが大事なのだと思います。
母にこれ以上心配をかけないように。

また、今回私に健康を取り戻させてくださった、
とてもお世話になった先生と看護師の方々の
ご厚意に報いるためにも、
健康でい続けるための自己管理(まずは減量(--;))を
しっかりやっていきたいと思います。

21年目に突入致します。
これからも、どうぞよろしくお願いします。<(_ _)>
posted by ねもと章子 at 16:53 | Comment(16) | TrackBack(0) | 近況報告