2009年11月14日

「COMITIA90」で販売するものの「お知らせ」

遂に昨日、オバマ大統領が来日しましたが。
そんな厳戒態勢の中(いや〜、一昨日は東京駅で
コインロッカーが使えずに難儀しましたわ(^_^;))、
明日11/15には「COMITIA90」が東京ビッグサイトで開催されます。
(…って、まるで関係無い?)

「COMITIA90」でのスペースなどの告知については、
これまでも何度かさせて頂いておりますので、
今日は販売物についてのお知らせを。

「コミティア」という即売会は、創作オンリーのイベントのため、
ほかの即売会とは違った独特なルールがありますが、
そのひとつに
「作家本人(または作家が所属する非営利グループ)であれば、
商業出版社から発行されたコミックスを、事前通知することで販売出来る」と
いうのがあります。
2cover.jpgで、明日の「COMITIA90」で、
レートルシリーズの
2巻目にあたる、
「ヘルメスの紋章の秘密」
10冊限定で販売させて
頂くことに致しました。

理由は、最近Amazonのマーケットプレイスなどで、
ずいぶん前の古本なのに、定価より高値が付いていたからです。
(このほかに、送料とかで300円くらいかかるのに。(;.;))

せっかく「ちょっと読んでみようかな?」と興味を持って下さった方に、
中古のコミックスにしては高いお金を払わせてしまうことで
「期待したのに、これか…」と、ガッカリされたりしたら(--;)
嫌だな〜と(__;)思いまして。(弱気(__;))

で、特に「2巻だけ手に入らないです」と、メールを頂いたことがあったり、
この巻に一度、2,200円なんていう値段が付いていたことがあって
(あの値段で買われた方、いたのだろうか?(;.;) )
そして実は私自身の在庫が、他の巻の新品状態のものがもう残り2〜3冊程度
しかないのですが、2巻だけ17冊ほど残っていたというのもあって、
釣り合いをとる意味で(?_?)も「2巻だけあと10冊なら出しても良いな」と、
思った次第です。

値段は、やはり「コミティア」の決まりで、
定価390円で販売させて頂きます。
古書店に置いてあったものよりは、小口の日焼けは少ないと思いますが、
それでもうちの押し入れの段ボールに、ずいぶん長く入っていたので、
それなりの経年感はあります。
ただ、例の「飛んでしまったネーム」をシールで貼り付け、
ご希望があればサインを入れさせて頂きます。

今回は、この他に夏の同人誌「Dullahan(デュラハン)」や、
レートルのポストカードなどを販売。(夏コミ時に無かった種類もあります)

それから、いまから10年ほど前に、
お友達の漫画家、瀬川乃里子さん、御茶柱さむさんと3人で作った
「おじさん本」同人誌、『銀月ーしろがねのつきー』も、
委託形式で、若干部数販売させて頂きます。

そして「関西コミティア」でもお配りした(ちょっと改訂)
チラシ(新刊予告ほか)や、栞などを配布致します。

ご都合がつく方、お近くまでおいでの方は、ぜひお越し下さい。
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COMITIA90
  日:2009年11月15日(日)
  時:11:00 〜 15:30
  処:有明・東京ビッグサイト西1ホール   

  【Nautilus】スペース:よ-07b
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お待ちしています!!(^^)
posted by ねもと章子 at 11:12 | Comment(12) | 同人誌イベント

2009年11月11日

そういえば先日のNHK杯の…(80's昔語り注意(^^ゞ)

2日(あ、もう3日だ;;)前の事になりますが。
NHK杯フィギュアのエキシヴィジョンでの、ジョニー・ウィアー。
jw.jpg
彼のメイクやコスチュームを見て、
「スティーブ・ストレンジみたい!」と思ってしまった私。
(これに頷いて下さる方(おそらくアラフォー以上(^_^))、お友達と呼ばせて下さい〜!(^^))

曲もレディー・ガガだったので(最初に彼女の名前を聞いた時、クィーンの曲
『Radio Ga Ga』?と思いましたが、でも本当にそこからとったのだと
彼女自身が言ってるのだそうですね。)余計に
80's(70年代後半〜80年代初頭くらいか)っぽかったんですよね〜。
まあ、それを狙ったんでしょうけど。(いまファッションも80's大流行だし。)

え〜と、ここまで読んで下さった
(そしてこれ以降も読んで下さる、有難い(^^))「スティーブ・ストレンジ??
それ誰?(--;)」な、方へ。

スティーブ・ストレンジは、
70年代の終わりには、日本のTDKのビデオテープのCMにも出た人物です。

1970年代末にロンドンで起こった
ニューロマンティクス・ムーブメントの中心となった
「クラブ・ビリーズ」(英国にYMOを最初に紹介した)のオーナーで、
「Visage」(ヴィサージ)というバンドの中心人物。

日本のヴィジュアル系バンドも、ある意味この「ニューロマ」の影響を受けている
ものが少なくないと思います。

「Visage」(ヴィサージ)の曲で、私が今でも一番好きな
「Fade to Grey」のビデオクリップを貼っちゃっていいでしょうか?(^_^;)
(著作権的に問題があるとご指摘戴いた場合は、このブログから削除致します。
アーティストの権利を侵害する目的ではなく、紹介したい意図のみです。)


CGも未だ無い時代の、手作り感いっぱいなミュージッククリップですが、
この当時は未だバンドのミュージックビデオというと、ライブかスタジオでの
演奏風景に、ほんの少しの「小芝居」が入っている程度がせいぜいだった頃。

それを「短い映画みたいなクリップ」にすることが流行りだしたのも、
彼らが先駆けだったと思います。
この頃からいわゆる「MTV」が作られるようになり、専門の番組、チャンネルが
出来る様になっていく訳ですが。

で、この「Visage」(ヴィサージ)のメンバーで、このビデオの制作にも
関わっていた、ミッジ・ユーロ(Midge・Ure)(と、ビリー・カリーの2人)が、
もう一つ、メインで活動していた「ULTRAVOX」(ウルトラヴォックス)というやはり英国の
バンドがありまして…。

私の青春(^◇^;)は、彼(等)と共にあったといっても過言ではない!です。(^◇^;)
(専門学校の課題と、投稿作とアシスタントの日々の傍らの、ウォークマンの中に。)

「ULTRAVOX」(ウルトラヴォックス)???「(またしても)誰?(--;)」
という方もまた大半でありましょう。(ご存じで「けっこう好きだったよ」と
仰る方、握手して下さい〜〜!!!ヾ(=^▽^=)ノ)

彼らの曲も遠い昔、日本ではサントリーの角瓶ウィスキーのCMで使われました。
(画面にはデザイナーの三宅一生さん等が登場)
この曲を聴いたら、やはりアラフォー以上の洋楽好きな方には
「あ!この曲ね!」と、思いだして頂けるかも。(といってまた貼っちゃう。(^^ゞ)
「New Europeans(ニューヨーロピアンズ)Ultravox」


イントロからしばらく聴いて「アンルイスの『ラ・セゾン』?」と思った方。(^_^;)
そう思われるのも無理はありませんが、それは作曲した沢田某氏が○クッたからです。(^_^;)
(○ュリーはあの頃それこそスティーブ・ストレンジみたいなメイクをしたりもしていましたからね。)
まあ、私、あの頃のジュリー(あ、言っちゃった。(^◇^;))も、アンルイスも好きですが。
(実はこの「New Europeans(ニューヨーロピアンズ)」という曲は日本以外では
シングルカットされていないのでビデオクリップは作られてはいません。)

そんな彼らが1985年の、あの「LIVE AID」以来、
24年ぶりに(第2期の)オリジナルメンバーで、今年の4月に
英国でLIVETOURをしました。

ちょうど今年の4月から、大阪の大学で週一(再来週から週2だわ(^◇^;))講師を
することが決まっていた(でも細かいスケジュールは比較的直前まで判らなくて)
私は、彼らのLiveを観るだけのために海外旅行をする余裕はなく、
涙を呑んで諦めたのですが。

…来年の4月に、そのドイツツアー(+スイス&オランダ)が決まったと
少し前に知って…。(ドイツで結構人気あるんですよね。)

おりしも。(^◇^;)
いまとってもドイツ、とりわけベルリンに行きたくて仕方ない私…としては…。

「ひょっとして春休みなら!」と、一瞬、思ったんですけどね〜。

4/24 Berlin - Admiralspalast ……4月24日。   …(--;)   無理。(T^T)

てか、他の都市でもこの際良いけど、
ツアーが4/15(チュ−リッヒ)〜(ドイツ6都市)〜4/26(アムステルダム)じゃ、
どれも春休みにもGWにも引っかからない新学期ど真ん中。  …無理だ〜。(;.;)

そんなことをちょうど考えていた頃、NHK杯で、冒頭のウィアーのEXを観たもので、
懐かしくなって、さっきついYouTubeで検索かけたら
いろいろ出てきたので、更に懐かしさが倍増してしまって…。

こんな昔語りネタを書いてしまったという次第です。すみません。(^^ゞ

またいつか、彼らのLiveは観られることがあることを期待して、
自分のするべきことを、いましばらくは頑張ろうと思います。

…そんな自分を慰めるため(^◇^;)に、最後にもう1曲貼っちゃっていいですか?
(バカで〜〜す。(^^ゞ)

1982〜83年のULTRAVOX WORLDツアーのVTRから、アンコール前の
最後の1曲だった「The Voice」のLIVEvideoを。
(Liveとは言ってもこだわる彼らは、プロモvideoの映像も交えての再構成ですが(^_^))

このツアーでは来日もして、東京でなんと5日間も!公演してくれました!(^^)
その東京の5公演を全部見て、会場の出待ち入り待ちまでした(。-_-。)私です。
(その間、辞書引きながら彼らに渡す手紙を書いているか、ネームをやって
いたの〜〜。アホだ。;;;)


画面左上でコーラスをしている2人
(「Messengers」という前座も務めた2人グループ)に、
渋谷公会堂(今は「C.C.Lemonホール」でしたっけ?(^_^;))での
入り待ち中に、「カメラのフィルムを売っているお店」を聞かれて
「カメラのドイ」(もう無くなっちゃいましたね〜(;.;))を教えてあげたのは
私です。(^^ゞ
(勿論メンバー、特にMidge Ure(中央vocal)にはサイン、握手、
一緒にお写真(。-_-。)は言うまでもなく。(^^ゞ)

あれから、え〜と…何年経ったんだっけ?
私はまだデビュー前だったから〜…。              …(^◇^;)


か、考えるのよそうっと。;;;;;; 

ここまでお付き合いして下さった方、ありがとうございました!
あなたは、大切なお友達です!間違いなく!(^^)        …嫌?(´・ω・`)
posted by ねもと章子 at 02:39 | Comment(4) | 日記

2009年11月09日

あれから20年ですね…

20年前の今日でしたね。「ベルリンの壁」崩壊。
…ってか、もう20年経っちゃったんだ。ということにビックリですが…アハハ。
(歳をとるわけだ(^◇^;)。)

あの時、NHKのニュースを正座して(そんな気分だったんですよ)観ながら
「いま歴史的な瞬間を目の当たりにしているんだ!」と、胸を熱くしていたのを
それほど遠くないこととして覚えています。
あの時は、世界はもっと平和になるのかな?なんて
甘いことを(^_^;)考えていたのですが…ね。

私が最初に「ベルリンの壁」という存在を知ったのは
石ノ森章太郎先生の「サイボーグ009」の004ーアルベルト・ハインリッヒの
エピソードでした。
恋人と二人で東側から壁を越えようとしたところを
(確か彼女の名前はヒルダだったと。「太陽の王子ホルスの大冒険」のヒロインと
同じ名で印象に)国境警備兵に撃たれ、彼女は亡くなり、
彼もサイボーグ化によって九死に一生を得たというエピソード。

中世のおとぎ話でもあるまいし、壁で国を別けているって「どんな?」という
好奇心が沸きました。それが「壁」の存在と世界の情勢(ベトナム戦争って
何だったのか?とか)をなんとなく理解した最初でした。

私が生まれた時にはもうベルリンには壁がありました。
中学高校時代にモスクワ五輪の西側ボイコットとか、ロス五輪のボイコット返し
とかがあって、世界はまさにバリバリの「東西冷戦」状態。
生まれた時からそれが世界の「普通の状態」でした。

ところが、あの日。
1989年11月9日。

東ドイツ政府が、東ドイツ市民に対して発表した
「旅行許可書発行の大幅な規制緩和」(大幅とはいえ、
ただの「規制」の緩和だった。例の「ヨーロッパピクニック計画」
成功等の影響もあった)を
「旅行自由化」と、うっかり『誤発表』しちゃった(^◇^;)
ことがきっかけで、
それを聞いて検問所にどっと押し寄せちゃった民衆の数に
ビビッた検問所の職員が「つい開けちゃったんでしたよね?確か。
…スバラ〜〜ヾ(=^▽^=)ノ
やはり事実は小説より奇なり!ですねっ!!! 面白すぎる!!!!

あの時はもうオーバーでなく「歴史を生で観ている感動」で胸がいっぱいで、
私はなんだか暫く興奮状態でした。(^^ゞ

で、その10ヶ月後にベルリン(と、ドイツ他の都市数ヶ所)へ
行っちゃた訳です。
お金も時間もマジでギリギリだったのに。
(帰ってきてから暫く大変だったの〜。)(^_^;)

前にこのブログで「ヨーロッパピクニック計画」のことを書いた時にも
その時に撮った写真を何枚かupしましたが、今日もまた、壁崩壊20周年を祝って
何枚かupさせて戴きますね。(^^ゞ

FH040007.JPG実は有名なチェックポイント・チャーリー
(東西ベルリン間の検問所)の、あの白い小屋自体は
撮り損ねちゃった(--;)んですが、
その近くの、向こう側が旧東ベルリン地区という検問所風の(^^ゞ場所。
もう、私が行った時は、車も人も普通に往来していました。

写真中央の男性、もう用済みになる
東独の軍の制帽や制服を
観光客目当てに売っています。

もう、街のあちこちにこういう光景が見られました。
(私も兵士に支給されてたバッグをひとつ買ってきたけど。(^^ゞ
今も便利に使っています。この間、京成電車の中で日本に観光に来ていた
ドイツ語喋ってる白人男性等〜ドイツ人とは限りませんけど〜に
ニヤニヤ笑われてしまいました。;;)

FH000004.JPGで、これが当時の究極の「お土産品」。
5マルク(当時ほぼ500円)でノミと金槌を借りて
「壁」をコンコンやって、「苺狩り」よろしく
ビニールに「壁のカケラ」を詰め替えるというもの。
私もしっかり(ひょっとすると、いやきっと(--;))
アスベスト入りかもなコンクリートのかけらを、
後生大事に日本に持ち帰りましたっけ。(^◇^;)

FH040003.JPGこちらは建物自体を
塗り込めて「壁」に
されちゃっていた建物を
撤去した後です。

今はこの辺、
全く違う景色になって
いるのでしょうね。


そして最後に。

FH000001.JPG前述の004の様に、壁を越えようとして
警備兵に撃たれて亡くなった人達の慰霊碑。
この10ヶ月前までは、この場所の後ろには壁があったわけです。
それが無くなってしまうと、いよいよ「何のために命を落としたのか?」と、
空しさがつのります。
(そして左端にはやっぱり露天土産屋が、もうすぐ国旗でなくなる東独旗を
売っていたり(^_^;)。)

そんな感じで「ドイツ再統一」(「ドイツ統一」だとプロイセン王国の頃の
「ドイツ帝国」の方になっちゃいますからね)は、ドイツ国民の悲願だった
はずなのに、その後東西の経済格差でネオナチが増えたり、
最近では「壁を知らない世代の旧東側の若者が
『壁のあった時代に憧れる』」という現象が多くみられるのだと、
昨日もNHKでやっていました。ちょっと複雑ですね。

これから世界がどうなっていくのか?
あと20年したらどんな感じになっているのか?

それはまだ判りませんが、出来れば少しは「良くなったのでは?」と
思える様になっていて欲しいな、と願うばかりです。

…で、その時自分がいくつなのか?…それはあんまり考えない方向で(^◇^;)
歴史の流れの中では、一人の一生など、その1コマにも満たない時間だとしても
貴重な人生の1日1日を、大事に生きて行きたいと思います。

…なんちゃって。
今日は真面目な日記でした。(^^ゞ  終わり。(^^)
posted by ねもと章子 at 02:12 | Comment(4) | 日記