2015年04月06日

トリノのBicerinにハマる《前編》!(Torino〜Milano〜Wien〜Paris〜Versaillesの旅(その2))

旅のお話しの続きです。
今日はトリノのカフェと、トリノ名物の飲み物について書きます。

今回の私達の旅でこの後に行くウィーン、そしてパリも
歴史のあるカフェが多い事で良く知られていますが
最初の滞在地だったこのトリノもまた、古くから営業し歴史にその名を刻むカフェが幾つもある街でした。

そのどのお店のメニューにも、日本では余り知られていないトリノ名物の飲み物がありました。

その名はBicerin「ビチェリン」

ほぼトリノとその周辺のピエモンテ州近辺のカフェでのみ飲む事が出来る
甘く、少しほろ苦い飲み物です。
(日本でもトリノの老舗菓子店カファレルが出店しているのでイートインのある店舗では=神戸北野と大阪位かな?関西だけですが(^^;)…飲む事が出来る様です。<ハマったので帰国後に調べました。(^^;))

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これ↑が、その"Bicerin(ビチェリン)"です。
(これはバラッティ&ミラノ Baratti&Milanoのビチェリン。中の液体が層になっているのがよく見えます。)

下からホットチョコレート(トリノチョコレート=ジャンドゥイオット)、
その上にエスプレッソコーヒー、
最上段に牛乳から作られたクリーム(少し泡立った液状のクリームのお店と、ホイップした生クリームのお店がありました。)の層になっています。

Bicerinは温かい飲み物ですが、どのお店でもガラスの器で供されます。
(Bicerinはピエモンテ語で「小さなグラス」という意味だそうです)
今回、このビチェリンを4箇所の老舗カフェでハシゴして来ました!(*^^*)

スプーンが付いて来るのでかき混ぜて飲んでも良いのですが
先ずかき混ぜずに飲むのがお勧めです!
下の甘いホットチョコレートに続いてエスプレッソコーヒーの苦味が口に届き、まろやかなクリームが後を追う、そのハーモニーが絶妙なのです!

Bicerinを頼むと「"chaser(チェイサー)"いる?」とほとんどのお店で訊かれました。
(または訊かれなくてもだいたい出て来ました。)

"chaser(チェイサー)"はお水です。
(普通はガス無しの普通のお水ですが注文時に言い添えればガス入りもリクエスト出来ました。)
強いお酒の時に、その後の口直しとしてお水="chaser(チェイサー)"が出るそうですが
Bicerinは甘いので口直しが必要って事なんでしょうね。
(写真↓は上から順に、前述の1875年創業バラッティ&ミラノ Baratti&Milano、
1780年創業フィオーリオ Fiorio、
1903年創業カフェトリノ Caffé Torinoの、ビチェリンとチェイサーです。)
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ヨーロッパでは喫茶店でもお水を飲みたければ注文して買うのが普通ですが、この"chaser(チェイサー)"はサービスです。
「日本の喫茶店でお水を出すのは"chaser(チェイサー)"がヒントだったのかもね」と妹。
確かにそうかもしれません。
まぁ日本では何かを頼む前にお水が出て来るので"chaser(チェイサー)"=後追い ではないですが。

いま、こうして書いていても
「あービチェリン飲みたぃ〜!」となる位、私はハマってしまったのですが、
この甘く、少しほろ苦い飲み物に魅せられた歴史的な人物達とのエピソードがBicerinのもう一つの堪らない魅力なのです!
フランスとオーストリア、二大帝国の狭間にあったこのTorinoという場所で、たくさんの歴史的な人物がBicerinを飲み、その虜になりました。

上でBicerin(とチェイサー)の写真を載せた3つのお店も其々に歴史ある老舗ですが、
Bicerinを最初に提供した『元祖ビチェリン』のcaffé al Bicerin(カフェ・アル・ビチェリン)が開店したのはなんと今から250年以上前の1763年!
フランス革命よりも前!というか、未だマリー・アントワネットが嫁にさえ行く前のことです!
(オーストリアからフランスへ嫁いだのはこの7年後!)

私も大好きな『モンテクリスト伯』や『ダルタニャン物語(三銃士)』の作家で、大の美食家でも知られるアレクサンドル・デュマ・ペール(大デュマ 1802年〜1870年)が友人に送った手紙の中に「トリノを去り難い理由」の一つとして"Bicerin"を上げています!
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↑これが『元祖ビチェリン』caffé al Bicerinカフェ・アル・ビチェリンのBicerin。

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↑caffé al Bicerinのメニュー。開業250周年の文字が!

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↑これが外観。
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↑店内から入り口を撮ったところ。
大理石のテーブルはヒビが入っているものもあって少しガタガタしましたが、
それもまた歴史の趣き深く…。(*^^*)

古の趣きあるCaffé al Bicerinの店内で、デュマが愛したビチェリンを飲みながら
「取材で来てたのかしら〜?ダルタニャン物語のあの辺の?それともモンテクリスト伯の…」とか、
ヨダレもので妄想しつつ(デュマはガリバルディのイタリア統一運動を支援してたそうなので、そっちの要件だったのかもしれませんが)歴史ある店内の使い込まれた大理石のテーブルを撫で撫で。
甘い妄想に浸る、至福のひと時でした!(*^^*)

また、あの哲学者フリードリヒ・ニーチェもトリノ滞在中にトリノのカフェとBicerinを大いに気に入っていた一人で、
特に「温かい飲み物がグラスで提供される事」にとても感動していたのだとか。
(彼はカフェ フィオーリオcaffé Fiorioのアイスクリームが特にお気に入りで、毎日食べに通っていたそうです。)

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↑そのニーチェが「ここに住んでましたよ」というプレートのある建物が、カルロ・アルベルト広場のすぐ横にありました。
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↑ここの4階で暮らしていたんですね。

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↑本当にすぐ隣りがカルロ・アルベルト広場。

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そのカルロ・アルベルト広場↑で、1889年の1月3日にニーチェは鞭打たれていた馬の首に突然取りすがり、
号泣して絶叫し(「ワーグナー先生、かわいそうに!」と叫んだとか?(^^;))
警官に連行されるという騒動を起こして友人らにバーゼルの精神病院へ入れられる形でトリノを去ったそうです。
でもBicerinやFiorioのアイスクリームの無い日々は、彼のその後の精神の崩壊に追い打ちをかけたりはしなかったのでしょうか?
(などと、だいたい妹からの受け売りと、後日調べた内容に独断と偏見を加えてお送りしております。(^^;))

他にも、1896年にオペラ『ラ・ボエーム』の初演をこのトリノの
テアトロ・レッジョ(王立歌劇場)で迎えたプッチーニが、それを書き上げる迄の間この店の近所に部屋を借りていて(所謂カンヅメ?(^^;))、毎日散歩で寄ってはビチェリンを飲み飲み書き上げたとか。
で、オペラの舞台はパリの下町だけど、第2幕に出てくるカフェのモデルはこのCaffé al Bicerinなのだという話です。
…などなど。
トリノのカフェとBicerinという飲み物に纏わる歴史エピソードは本当に豪華で
歴史好き、妄想大好きな脳味噌に甘く濃いひと時を与えてくれるのでした!

そんなトリノのカフェの歴史とBicerinですが、私が一番ツボにハマったのはCaffé al Bicerinで元祖Bicerinを飲みながら妹から聞いた、統一イタリア最初の首相カブールのエピソードでした。

でも長くなるので、今回はこの辺で一旦締めますね。
続きは明日か明後日(^^;)に《後編》としてまたupさせて頂きたいと思います。
よかったらまた読んで下さい。

それにしても今回の私達の主な滞在地、
トリノ、ウィーン、パリの旅を
「どういうテーマ?」とよく問われたと前回書きましたが
今振り返ると「近代西欧の歴史を育んだ『カフェ文化』を体感する旅」
だったかな?なんて気が致します。
何しろ妹も私も
「もう若くないからね〜。」と、昔はガンガン登っていた教会の鐘楼を下から見上げながら「お茶飲もっか」ばっかでしたので。(おい!(^^;))

でも、そこから見えてくる歴史もあるんですよね。
ではまた明日!(か、明後日。<おいっ!)
posted by ねもと章子 at 13:15 | Comment(0) | 旅行